先日、MLBとMLBPA(選手会)が今オフの労使交渉に向けた初回の提案をお互いに提示しました(選手会が現地5月27日、MLBが翌28日)。現行のCBAは2026年12月1日に失効予定で、この交渉がまとまらなければ、2027年シーズンに影響が出る可能性もあります。特に今回は、MLB側が1994年以来となる本格的なサラリーキャップ案を提示したことで、労使対立がかなり激しくなることが予想されています。本記事ではその内容をサクッとまとめてみました。
選手会側の初回提案
選手会側の提案は、ひと言で言えば、サラリーキャップを受け入れず、現行の自由市場を維持したまま、選手側の取り分を増やす内容です。特に重視しているのは、若手選手、調停前選手、中堅FA選手、そして低支出球団に対する支出圧力です。
最低年俸の大幅引き上げ
選手会は、MLB最低年俸を2026年の78万ドルから、2027年に150万ドルへ引き上げることを提案しました。その後も、2028年165万ドル、2029年182.5万ドル、2030年200万ドル、2031年220万ドルへ段階的に引き上げる案です。これは、FAや年俸調停に到達する前の若手選手への待遇を一気に改善する狙いがあります。
年俸調停・スーパー2の拡大
現在、年俸調停は基本的にサービスタイム3年以上の選手が対象で、2〜3年の選手のうち上位22%がスーパー2の対象選手として調停権を得ることになっています。選手会案では、このスーパー2の枠を22%から44%へ拡大。さらに、調停対象選手への最低提示額を300万ドルにし、調停で決まった年俸の保証も求めています。
また、年俸調停では選手側と球団側がそれぞれ希望額を出し、過去の似た選手、つまりサービスタイム・成績・ポジション・役割が近い選手の年俸を比較材料にすることができます。この調停比較で使われる一部年俸を、120%の価値として扱うことも提案しています。例えば、ある選手が調停で「自分は過去のA選手に近い。A選手は500万ドルだった」と主張する場合、過去調停年俸を500万ドルではなく600万ドル相当として扱える、というイメージですね。ただし、上乗せの上限は200万ドルまでだそうです。
プレアービトレーション・ボーナスプールの拡大
2022年の労使協定では、年俸調停前の若手選手が優れた成績を残した時に、その選手たちにボーナスを与えるためのプレアービトレーション・ボーナスという仕組みが作られました。このボーナスプールは各球団が毎年167万ドルずつ拠出して、1年あたり5000万ドル規模で運用されていますが、これを2027年に1億8000万ドルへ拡大し、その後も毎年1500万ドルずつ増やす案を出しています。ただし、メジャー初昇格前、または開幕後21日以内に複数年契約を結んだ選手は、このボーナスプールの対象外になるようです。
FA資格の一部前倒し
現行制度では、FAには原則としてMLBのサービスタイム6年が必要です。選手会案では、11月1日時点で30歳以上、かつサービスタイム5年以上の選手について、FA資格を得られるようにする案が含まれています。遅咲きの選手や、若くしてメジャーに定着できなかった中堅選手を救済するものですね。
ただし、その条件でFAになる選手に対しては、球団が年俸上位125選手の平均額、つまり現行QOと同じ計算式による1年契約を提示すれば、6年目まで保有できる仕組みになっているようです。ただし、これは現行QOとは違い、その提示を選手が拒否してもそのままFA市場に出られるわけではなく、球団保有下で年俸調停に進むことになります。
QO制度・FA補償の見直し
選手会は、サービスタイム6年以上の選手に対する現行のクオリファイング・オファー(QO)制度の撤廃を求めています。QOが付いた選手と契約する球団にはドラフト指名権などのペナルティが発生するため、特に中堅FA選手の市場を冷やす要因になってきました。選手会はここを問題視し、FA市場をより自由にしたい考えです。
一方で、低収益球団がFAで選手を失った場合には、より大きな補償や追加ドラフト指名権を得られる仕組みも提案しています。つまり、選手の市場は冷やさないが、低収益球団が戦力流出で一方的に損をしない仕組みは残す方向です。
贅沢税の基準額引き上げと罰則緩和
現行の贅沢税の最初の課税基準額を2026年の2億4400万ドルから、2027年に3億ドルへ引き上げ、その後は毎年1500万ドルずつ上げる案があります。さらに、ドラフト順位降格などの非金銭的ペナルティの撤廃、サーチャージ率の軽減も求めています。一方で、高支出球団がより自由に使えるようにする内容であるため、MLB側は「ペイロールの不均衡をさらに広げる」と反発しています。
低支出球団への競争公正税の課税
選手会は、一定額を下回る球団に課税するCompetitive Integrity Tax(競争公正税)を提案しています。具体的には、最初の贅沢税の課税基準額の50%に到達しない球団に課税し、さらに下回る球団には追加サーチャージを課す仕組みです。例えば基準額が3億ドルなら、その50%は1億5000万ドルなので、「1億5000万ドル未満の支出しかしていない球団に罰則を課す」ということになりますね。
この案の重要な点は、高支出球団に上限を設けるのではなく、一定の最低支出基準を下回る球団に課税することです。選手会は、競争均衡の問題は「使いすぎる球団」よりも「使わなすぎる球団」にある、と見ているわけです。選手会は労働組合ですから、基本的な目的は選手全体の報酬・権利・市場価値を最大化することにあります。この競争公正税や贅沢税の基準額緩和からも分かるように、球団にはできるだけお金を使って欲しいと思っているわけです。
収益分配制度の再設計
選手会は、各スモールマーケット球団に年間最低2億4000万ドルの収益を保証する案を出しています。ただし、単にお金を渡すだけではなく、その資金を戦力補強に使わせる仕組みも求めています。加えて、勝率5割以上やプレーオフ進出を果たした低収益球団には、追加の収益分配を与える案も含まれています。
分配資金の中心はローカルTV収入で、各球団のローカルTV契約の最初の5000万ドルと、それを超える部分の3分の2を中央プールに入れ、これを再分配することになっています。例えばある球団のローカルTV収入が2億ドルのとき、最初の5000万ドルと残りの1億5000万ドルのうちの3分の2、すなわち1億ドルの、合計1億5000万ドルを中央プールに入れるということですね。これにより、現行制度よりもローカルTV収入の再分配規模がかなり大きくなる可能性があるとのことです。
サービスタイム操作対策の拡大
2022年の労使協定では、開幕からトッププロスペクトをロースター入りさせた球団に追加のドラフト指名権が与えられる仕組み(PPI制度)が導入されました。選手会案では、これをさらに拡大し、対象プロスペクトがMVP投票トップ5に入った場合にフルイヤーのサービスタイムを与えるようなルール強化が含まれています。
ただし現時点では、MVP投票トップ5に入った時にドラフト指名権が与えられるかどうかは判明しておらず、この項目はあくまでサービスタイム操作への罰則・抑止策としての提案で、選手目線の強いものと言えるかもしれません。
ドラフトロッタリーの拡大
現行のドラフトロッタリーは上位6枠ですが、選手会案ではこれを8枠へ拡大する案が入っています。ドラフトロッタリーの対象枠が広がれば、最下位付近に沈んでも、必ずしも上位指名権を取れるとは限らなくなるため、わざと負ける(いわゆるタンク行為)への抑止につながります。
MLB側の初回提案
MLB側の提案は、選手会案とは真逆に近い内容です。最大の柱は、ハードサラリーキャップとサラリーフロアの導入です。MLBが明確なサラリーキャップを提案するのは1994年以来で、当時はストライキとワールドシリーズ中止につながりました。
ハードサラリーキャップの導入
MLB側は、2027年のサラリーキャップを2億4530万ドルに設定する案を出しました。MLB側の主張は、上限を設けることで高支出球団と低支出球団の格差を縮小し、競争均衡を改善するというものです。
2026年開幕時点の年俸総額を基準にすると、Dodgers、Mets、Yankees、Blue Jays、Phillies、Red Sox、Padres、Bravesの8球団がキャップを超えており、合計で約5億7800万ドルの削減が必要になるとされています。特にDodgersは、提案された上限を大きく超えており、現在のチーム作りを根本から制限される内容となります。
また、ハードキャップの最大の経済的効果は、人件費の上限を固定し、将来コストを予測可能にすることです。これは球団の利益率を安定させ、投資対象としての球団価値を上げやすくします。選手会のBruce Meyer暫定事務局長は、「オーナー側は利益や資産価値には上限を設けず、選手年俸だけを抑えようとしている」と批判しています。
サラリーフロアの導入
同時にMLB側は、2027年のサラリーフロアを1億7120万ドルに設定する案を出しています。2026年開幕時点の年俸総額を基準にすると、Marlins、Guardians、Rays、White Sox、Cardinals、Nationals、Pirates、Twins、Brewers、Athletics、Rockies、Redsの12球団が、合計で約6億1700万ドルの増額を求められる計算です。
MLB側は「キャップだけではなくフロアもあるので、低支出球団にも使わせる仕組みだ」と主張しています。ただし、選手会側から見れば、フロアがあってもキャップによってトップ層の契約や市場全体の上昇が抑えられることに変わりはなく、到底受け入れがたい案なのです。
選手・球団の収益を50対50に
MLB側は、選手側がMLB全体の収益(baseball revenue)の50%を受け取る仕組みを提案しています。たとえば、MLB全体のbaseball revenueが仮に120億ドルだとします。その50%ですから、選手側の取り分は60億ドルになりますね。この60億ドルに収まるように、リーグ全体の給与総額、キャップ、フロア、福利厚生、ボーナスプールなどを設計する、というイメージです。
選手側からすれば、MLB全体の収益が順調に伸び続けるなら、その成長分を自動的に分け合えるメリットはあります。一方で、具体的に何をbaseball revenueに含めるのか、という問題も発生します。ローカルTV、球場周辺開発、不動産、RSN持分、スポンサー、関連会社収入など、球団側が収益をどう分類するかで選手側の取り分が大きく変わるのです。この定義が曖昧だと、球団側が一部収入を関連会社側に寄せたり、「野球関連収入ではない」と分類したりする余地が生まれ、結果として選手側への分配が小さくなる可能性があるんですよね
そこでMLB側は今回、MLBと選手会の双方が独立会計士を使って財務を確認できる仕組みも提案しています。しっかりと第三者が確認できるようにするということですね。NBA・NFL・NHLなど他のスポーツリーグでも同様の制度が整っています。
また、この仕組みにはエスクロー制度も絡んできます。エスクローとは、最終的な収益分配率を調整するために、選手の給与の一部を一時的に保留する仕組みです。労使協定で「選手側の取り分は収益の50%」と決めたとしても、シーズン前にはその年の正確な収益は分かりませんよね。だから、予測収益をもとに年俸やキャップを設定しますが、実際の収益が予想より低かった場合、選手に払いすぎたことになる可能性があります。
そこで、選手年俸の一部を最初からエスクロー口座に一時的に保留します。シーズン後に実際の収益を計算し、選手側の取り分が50%を超えていれば、その保留分の一部または全部が球団側に戻る。逆に、実際の選手側の取り分が50%を下回っていれば、保留されていた分は選手側に戻る、または追加調整されます。
例えるなら、「今年の売上が読めないので、給料の一部を仮押さえしておき、決算後に返すか差し引く」ということです。しかし選手からすると、保証契約のはずなのに一部が後で調整されるので、心理的にも実務的にも喜ばしくはないですね。
ローカルメディア収入の中央管理・均等分配
MLB側は、30球団のローカルメディア収入を中央で管理し、均等に分配する案も出しています。これは先ほどの選手会側の案で出ていた収益分配制度の再設計と似ていますが、全く思想が異なるものです。選手会の案は、基本的には各球団が持っているローカルTV契約を前提に、その収入の一部を中央プールに入れて再分配する仕組みでした。そしてその分配したお金を選手の年俸に使ってもらうことを目的にしているのです。
一方でMLBの案は、ローカルメディア収入そのものを中央化して、30球団に均等分配する構想です。この中央化されたメディアと収益分配改革によってブラックアウト問題を解決することができるということのようですね。
そしてもう1つの大きな理由は、これがキャップ&フロア制度を成立させるための前提条件だからです。収入格差が極端に大きいままキャップやフロアを導入すると、小市場球団は「そんなに払えない」と言いますし、逆に大市場球団は「収入が多いのだからもっと使わせろ」と言いますよね。そこでMLB側は、ローカルメディア収入を中央化して球団間収入を均し、その上でキャップとフロアを置き、リーグ全体の人件費を収益50%に収めるとしているわけです。
ただし、既存の長期ローカルTV契約をどう扱うのか、どの範囲のメディア収入を中央管理するのかは、現時点では細部が見えていませんから、今後の議論がどのようになされていくのかは注目です。
ちなみに大市場球団にとっては、ハードキャップの設定やローカルメディア収入の中央化は明らかにマイナスですから、諸手を挙げて賛成というわけではないでしょう。ただキャップが入れば、どれだけ収入が多くても「制度上ここまでしか使えない」と言えるため、選手・代理人への交渉圧力になりますし、人件費の上振れも防げます。球団価値が上がり、メディア中央化でリーグ全体の価値まで同時に上がっていけば、大市場球団のオーナーも資産価値面では得をする可能性があるということだそうです。
労使協定の期間を7年に
MLB側は、この労使協定の期間を2027年から2033年までの7年契約として想定しています。現行の労使協定の期間が5年だったことを考えると、MLB側はキャップ制度を導入したうえで、長めの安定期間を確保したい意図があると見られます。
両者の立ち位置
| 選手会の案 | MLBの案 | |
| 給与制度 | キャップ拒否、贅沢税の基準と罰則を緩和 | ハードキャップ導入 |
| 低支出球団に対して | 競争公正税の導入 | サラリーフロア導入 |
| 収益分配 | ローカルTV収入の再分配強化 | ローカルメディア収入を中央管理 |
| 若手の報酬 | 最低年俸やボーナスなどの拡大 | 言及なし |
| 基本的な考え方 | 市場を広げる | 支出を管理する |
選手会側は、「問題はDodgersやMetsが使いすぎることではなく、Marlinsのような球団が十分に使わないこと。だから上限ではなく、下限未満の球団に罰則を与える。若手選手にももっと早く金を払ってほしい」という立場です。
一方でMLB側は、「球団間の収入格差とペイロール格差が大きすぎる。だからキャップとフロアを入れて、全体の収益を50対50で分けよう。ローカルメディア収入も均等化しよう」という立場です。
つまり、同じ「競争均衡」を掲げていても、その方法がまったく違うんですね。最大の争点はもちろん、「サラリーキャップを交渉の土台に乗せるかどうか」でしょう。過去に1994年のストライキでワールドシリーズが中止になった歴史もあり、選手側はキャップに対して非常に強い拒否反応を持っています。
最初の交渉ということで、お互いにやりたい放題言い合っています。あくまで交渉の出発点ですから、最終的にこのまま合意される可能性はゼロでしょう。結局のところ、今回の交渉の最大の争点は「選手の市場価値を自由市場で決めるのか、それともリーグ全体の収益配分システムの中で管理するのか」です。選手会は“使える球団にはもっと使わせ、使わない球団にも使わせる”方向。一方のMLBは“収入をならし、支出を上限管理する”方向です。両者の思想の差はかなり大きく、このままなら2026年オフの交渉は相当荒れる可能性があります。
今後どのように交渉が進んでいくのか、逐一情報を追っていきましょう。
参考文献




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